高松御題/あなたひとり


 誰も彼もがおれに父を見る。
 それは愉快なことではない。しかし仕方のないことでもある。母の胎内より生まれ、父の背を見て育つ。人間がそうと生まれつくからには、いっそ誰もが経験することだろう。まして両親が良くも悪くも偉大であればあるほど。
 だが生憎とおれは随分と優秀な頭脳を持っており、更には累系や環境にも恵まれた。そして最も重要なことに、おれが持つはずだっただろう父に対するわだかまりは、父自身によってきれいさっぱりと攫われてしまっていた。おれはおれとしているだけだった。
 おれを大まかに父のようだと言う者がいる。細かく見ては意外と似ていないと言う者がいる。知らないものは論外で、比べようがないのだろう。そういった者達は、総じておれをおれとして、父を探すのだ。おれがいて、おれの中に父を見出す。それは目の前にいるのがおれであり、おれは生きており、死んでいる父でなく、父はいないとわかっているからだ。
 整頓されて歩くに不自由のない研究室を直線に横切り扉の前に立つ。軽く空気音を残し開かれるその向こうに真っ直ぐにこちらへと歩いてくる黒い人影がある。開けた扉に上げられる馴染み深いものとなった黒い瞳がおれを認めて笑みを滲ませる。その薄い唇が名前を紡ぐ。おれは自然とのびる唇で願うように呟いた。
「キンタロー様」
 お待たせしてしまいましたかと足を速める男にいいやと答えながら噛み合わなかった名前を磨り潰す。からだを横に通す黒髪を暗い気持ちで見下ろした。扉の脇に立ったまま動かないおれを高松が振り返る。その唇がもう一度おれの名を呼ぶのを遮って質問を投げかける。
「高松。おれは父のようか?」
 問えば高松は笑っていいえ、と答えるのだろう。
 間違えればいい。
 間違えればいいと望んだ。おれを間違えたい人間のように。
 誰も彼もがおれを父のようだと影を追う。
 それでいいと思う。おれに父を見るものは、おれに見えないから父なのだ。おれでないから父なのだ。だが高松は違う。高松だけはおれに父を求めない。高松にとって見えないのは父なのだ。父でないから、おれなのだ。
「あなたはあなたですよ、キンタロー様」
 幾度となく繰り返される本心からの答えに、浮かぶのは唇の歪みばかりだった。


20051228 / 戻る