恋の種


 高松は開いた口を答えあぐねるように震わせて、
「微妙」
とだけ言った。




 グンマはオマエにとってどういう存在だ、と問うたら、
「私の全てです」
と返ってきた。
 ならばキンタローはどうだ、と重ねて訊けば、
「私の命よりも大切な方です」
と返ってきた。
 だからサービスはと言ってみれば、
「サービスが言ったのなら、その通りでしょう」
 竹馬の友、と答えて、ジャンも含めて腐れ縁の昔なじみだと付け加えた。
「兄貴は」
「どちらの?」
「親馬鹿の方」
「上に立つべく生まれついた人」
 ちなみにもう一方(ひとかた)は尊敬する人。そんなことはわかっていると煙を吐いた。
「シンタロー」
「いじめっ子」
「コタロー」
「ちみっこ」
「マーカー」
「子育て下手」
「ロッド」
「露出狂」
「G」
「無口」
 だんだんと単語のみの掛け合いになってゆく。ハーレムは窓から見える青い空を見上げたまま咥え煙草を吸い込んで、さりげなさを装った言葉をゆっくりと乗せた。
「・・・じゃ、おれは?」
 そこで冒頭の答えへと返る。




「・・・微妙ってオマエ、」
 答えた高松は自分でも上手くないと思ったのか、珍しく渋い表情を見せた。それを見てハーレムは思った。本当に珍しいと。
 高松は研究者らしく、物事はしっかりと突き詰め、はっきりと答えを出す性格だった。確定できないことでも、自分なりの意見を持ち、曖昧な言葉など口にしない。
「だってアンタ本当に微妙なんですよ」
 その思いが顔に表れたのか、高松はふいと視線をずらして、拗ねたようにも聞こえる響きで言った。
「一瞬バカって言いそうになったんですけど、変なところでわかってるし、でもバカだし、学校も行かず直接戦場に出たっていうからよっぽど戦闘好きかと思えば、平和なら平和なりに楽しんでるし、家族行事無視するわりに家族大事だし、意地悪に見せかけて優しいことするし、・・・って言うか、アンタなんか口悪いわ、乱暴だわ、酒飲みだわ、自分勝手だわ、競馬に自分の給料どころか部下の給料も団の経費もつぎ込むような男のくせに慕われてるは見捨てられもしないわ結局訴えられもしてないわ、そもそも私だって良く考えたら嫌ってるわけじゃないですけどそりゃ誰のことだって嫌っちゃないんですけどだからといって好きなわけでもないですし一瞬考えちゃったら考えちゃって良くわかんなくてまとまんないんですよアンタのこと!」
 生来の研究気質からか、答えながら答えを突き詰めることに夢中になっていった高松が、考えを全て口に出していることに気が付いた時には、すでに変わっていたハーレムの表情から何を言っていたのか振り返るのも嫌なのだろうほど手遅れで、滅多に人と深く関わらない高松の私事キャパシティはあっという間に飽和し、取り繕うより先に自棄に任せるまま最後までぶちまけてしまうことになったのだった。
 いかにも余計なことを言ってしまったとばかりに羞恥にまみれ、肩で息をするようにぜいぜいと震えて俯く顔は誰の目からもわかるほど赤く、ハーレムは酒漬けになるほど飲んでも変わらない顔色のままうおい、と天を仰いだ。
 うおい。変にきっちり答え貰うよりクルぜコレ。
 仰いだ天に首を痛めそうになりながらハーレムは言った。
「そりゃ、ま、微妙だな」
「すいませんね」
「何で謝ンだよ」
「知りませんよ」
 ハーレムは首をぐきんと戻すと、そっぽを向いたままの高松に微妙ってのもいいな、と思った。高松の中にあるたった一つの曖昧。それはとても特別なような気がした。高松の一番にも大切にも唯一にもなれないが、何にでもなれる存在。不安定で、でも確かに根付いているそれは、まるで。
「まあ上手く育ちゃァいいけどな」
 そのへんは心配ないだろう。何せ相手はどんな珍妙な植物でも育ててみせるプロだ。
「何の話ですか」
 いや、ハーレムは笑った。
「とりあえずおれオマエ好きだわ」


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