高松御題/笑顔の向こう


「おまえはマジック兄さんの子だよ」
 美貌のおじ様が言った。僕は嘘だと言った。
 高松。
 僕は思った。高松。高松。高松。
 そのとき僕は、本当は笑ってしまいたかった。



 あれは三歳を迎えたお祝いの席からの帰り道でのことだった。
「高松は、お父さんの子どもだから、僕のことが大事なの?」
 僕は僕の手を引く高松を見上げて聞いた。
 高松は少し目を見開いて、グンマ様は本当に、ばかですねえ、と笑った。ばかで、考えなしで、酷い子だと、笑った。
「そんなわけがないじゃありませんか」
 高松は僕に視線を落とすと言った。
 私があなたを愛するのは、あなたがとても、愛しいからですよ。
 言った高松の表情に、僕はごめんなさいと謝った。高松は俯いてしまった僕の頭を優しく撫でて、帰りましょう、と繋いだ手を引いた。
 あれから二十年の時が経ち、繋がれた手は離された。僕の手を離れるとき、高松はこれだけは忘れないでくださいと声にした。
「あなたへの想いは本物です」
 希うように告げる高松の表情はいつか見たものと同じで、僕はばかだなあ、と笑った。



 勝ち誇ったように高らかな声を上げる美貌のおじ様を前に、僕は高松の残像を、ただ目で追っていた。それこそ、僕の記憶、僕の人生の、何処にでも高松はいる。僕だけを見て、僕のために生き、僕に殉じることすら厭わない高松が、何を思っていたのかは知らない。
 それでもきっと、高松は僕には一度も、嘘を吐いたりしなかった。
 ばかだなあ、と笑う。
 ばかなのは高松だよ。
 吐けば良かったのに。嘘。いくらでも。嘘もごまかしも得意じゃない。僕はそんなことで傷付いたりしない。だって高松、嘘が下手だもの。嘘とわかっている嘘なんて痒みすら生まない。 掻き毟りたくなるのは、いつだって、身を削るように与えられる真実だ。
 僕を痛めつけるのは、いつだって、高松の笑顔なんだから。


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