あさがお


「朝顔が枯れると、夏が終わる感じがするよね」
 夏の終わり、枯れるだけになった朝顔を観察するグンマがそう言った。小学生の夏休みの宿題じゃあるまいし、なんだって朝顔なんだと呆れれば、グンマは怒ったそぶりで馬鹿にしちゃだめだよぉ、おじ様ぁ、と唇を尖らせた。
「こう見えても朝顔は奥深いんだから。それにこの子たちはそんじょそこらの朝顔じゃないよ。おじ様にだって見せてあげたでしょ?」
「ああ、朝顔にはとてもじゃねえが見えねえ珍妙な花はな」
「珍妙だなんて酷いよお、あれはれっきとした朝顔なんだからね!」
「あんなビラビラ裂けてるようなヤツは朝顔とは認めねえ」
 頑固爺よろしく吐き捨てるハーレムにとって、朝顔とはやはり目になじんだ蔓咲きの夏の花だ。決してあのような南国の食虫花じみたものではない。変化咲きだか化物咲きだか知らないが、どんなに立派でも、豪華さでは薔薇に適うべくもないのだから、おとなしく早朝を思わせる佇まいを売りにしていればいいものを。
「人はみんな奇形が好きなんだよ」
 それを笑うグンマは、こんなときばかり、育ての親に似た顔をする。
「いびつなものに惹かれるんだ。欠けてバランスの悪いものに目がいく。常態を持つものほど強く。人なら常態は自分でしょう? 自分と違えば、おかしく見える。集団なら多数より小数が目立って見える。同じことだよ。おじ様だって、この子たちじゃなかったら、朝顔の区別なんてつかないでしょ?」
 つかねえなとハーレムは白く吐く。立ち上る煙はゆらりと吹かれて風に消える。焦土に昇る白と似ている。そう思うのは、それこそハーレムの常態が戦場にあるからだろう。
 するとアレか、品評会は奇形児の展覧会か。
 思って血筋的には奇形に当たるハーレムは煙草が上を向くほど唇を突き上げる。
「趣味が悪いことに変わりはねえな」
「趣味は突き詰めると悪くなるんだって高松が言ってたよ」
 溜息に乗せて漏らした呟きに、心の内を見透かしたかのような返事が返される。それに苦りきって煙草を噛み潰すハーレムを見てグンマが笑う。顔を顰めるしかないハーレムも、口を吊り上げるよりないグンマも、身につまされて良くわかる公理だ。
「でもだから奇形は生きてゆけるんだ」
 奇形は本来、自然に在ることを許されない。奇跡的に残って始めて進化となる。その万分の一を除けば消えてゆくだけだ。それをありがたがって守り残してゆくような生きものは人だけだ。実際この朝顔は種をつけない。弱く手がかかり、自然に在れば花を咲かせることなく土に帰っていたに違いない。
「人ってありがたいよね」
 そう締めくくるグンマに、ハーレムは肩を竦めてわかったよと態度で示す。それににっこりと笑みを浮かべるこの甥っ子は、実のところ最も濃く一族の血を受け継いでいるのではないかと思わせる。この変化咲きの朝顔のように。
 持った煙草をねじり消す。
「初出征だ、新総帥の顔を立ててやるさ」
 言うとハーレムは出艦間近の空母に向かって歩き出した。


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